大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和46年(ワ)10360号 判決

原告 藤森宏之

右訴訟代理人弁護士 海地清幸

同 小倉正昭

被告 矢島すず

右訴訟代理人弁護士 高橋昭

被告 和田太計司

右訴訟代理人弁護士 小林澄男

同 苅部省二

同 植田義捷

主文

一  原告の請求はいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告に対し、被告矢島すずは、金三六三万八二一一円とこれに対する昭和四七年一二月八日から支払済みまで、被告和田太計司は、金四四六万一七八九円とこれに対する昭和四七年一二月九日から支払済みまで、それぞれ年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、訴外財団法人日本人形博物館(以上単に博物館という)が振出した、別紙約束手形目録(一)ないし(三)記載の約束手形三通を所持している。

2  原告は前記各手形を、いずれも支払期日に支払場所に呈示したところ、銀行取引停止処分を理由に支払を拒絶されたものであり、右博物館には、原告の右手形金債権を弁済する資力がない。

3(一)  前記博物館は昭和三八年九月一四日、文部省の許可により財団法人として設立されたが、右博物館の設立を目的として、被告矢島すずの夫で、その代理人である矢島政雄は同年二月一日金三六三万八二一一円を、被告和田太計司は同年四月一八日金二九五三万一七二六円を、それぞれ出捐するとの意思表示をしてその旨の書面を作成し、もって寄附行為をなした。

(二)  従って、博物館は被告両名に対し前記寄附行為に基づき、右(一)掲記の各寄附金債権を取得した。

そこで原告は、博物館に対する約束手形金債権者として、右債権保全のため博物館に代位して、被告矢島に対し、右寄附金三六三万八二一一円とこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四七年一二月八日から支払済みまで、被告和田に対し、右寄附金のうち金四四六万一七八九円とこれに対する本訴状送達の日の翌日である同年一二月九日から支払済みまで、いずれも民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告矢島)

1 請求原因1の事実のうち、原告が前記各手形を所持していることは認めるが、その余は否認する。右各手形は博物館に勤務していた者によって偽造されたものである。

2 同2の事実は不知。

3 同3(一)の事実中、博物館の財団法人設立許可の点は不知。矢島政雄が被告矢島すずの夫であることは認めるが、矢島政雄が同被告の代理人として、博物館の設立につき寄附行為をしたとの点は否認する。

(被告和田)

1 同1の事実中、原告が前記各手形を所持していることは不知、その余は否認する。右各手形は原告によって偽造されたものである。

2 同2の事実は不知。

3 同3(一)の事実のうち、博物館の財団法人設立許可の点は認め、被告和田が博物館の設立につき寄附行為をしたとの点は否認する。

三  抗弁(被告和田)

意思の欠缺による無効

仮に、被告和田において寄附行為をするとの意思表示をなしたものと認められたとしても、それは同被告が、博物館の設立代表者小沢忠から、博物館の設立許可申請用の書類を形式上整えるため、被告和田の寄附行為者としての名義を使用させて欲しいと要請されたのでこれに応じ、小沢と通謀のうえ、右意思表示をしたように仮装し又は、効果意思のないまま、右寄附行為をなしたものである。

なお、営利法人たる株式会社にあっては資本充実の原則が基本的に要請されるため、商法一七五条第五項が特別に規定されたのであるが、財団法人は株式会社と目的、性質及び機能の点で全く異なり、資本充実や取引の安全保護の要請がないから、財団法人設立に関する寄附行為には商法の右規定は類推適用されず、従ってこれに対しては民法第九四条第九三条但書の適用が否定されるべきではない。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は不知。

なお、仮に、通謀虚偽表示又は効果意思の欠如の事実が認められるとしても、財団法人の設立を目的とする寄附行為は、財団の財産的基礎を形成する行為であり、その性質及び機能の点において、株式会社における株式の申込と共通しているものであるが、株式の申込については、株式会社の財産的基礎の充実を旨とする商法第一七五条第五項を類推し、民法第九四条第九三条但書の適用が否定されるべきところ、財団法人の設立に関する寄附行為についても、右規定を類推して、民法第九四条第九三条但書の適用を否定すべきである。また被告らの寄附にかかる財産が現実、確実に寄附されることを前提に主務官庁が博物館の財団設立を許可しており、しかも寄附行為によって被告和田は理事(被告矢島の夫も理事)になっており設立に関する責任を負っているものであるから、右財団の債権者に対し右主張をすることは、禁反言の原則、信義誠実の原則からも許されない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因1の事実中、原告が手形目録(一)ないし(三)記載の約束手形三通を所持していることは、原告と被告矢島間では争いがないところ、被告和田において争っているので、まずこの点並びに右各手形の振出につき判断する。

甲第一〇、第二、第三号証の各一の手形要件の記載は、それぞれ同目録(一)ないし(三)の手形のそれに対応しており、また≪証拠省略≫によれば、甲第一〇号証の一は甲第一号証の一の約束手形に振出地が記入されたものであることが認められ、更に≪証拠省略≫によると、この甲第一ないし第三号証の各一における、各振出人名下の印影が博物館の代表者の印章による印影であることが認められる。

≪証拠省略≫によれば、博物館の理事(理事長代行事務局長の名称を用いていた)小沢忠は昭和四四年七、八月頃、博物館の原告に対する借入金債務の支払方法として、同目録(一)の約束手形(但し当初満期欄には昭和四四年九月五日と記載されており、また前述のように振出地は白地であった)と、金額四五〇万円及び金額一一〇万円の約束手形各一通を、いずれも原告宛に振出したこと、小沢は同年八月九日、右(一)の手形の満期を同年一一月四日と書改め、あとの二通の手形につき、それぞれ満期を同年一〇月二日とする書替手形を振出したうえ、これら三通の手形を、原告から手形取立の委任を受けていた弁護士海地清幸に交付したこと、小沢は同弁護士に対し同年一〇月二日、右のうちの二通の書替手形につき再び書替えることを要請してその承諾を受け、翌一〇月三日、博物館の職員小森をして、博物館の代表者印及び博物館の記名用のゴム印を用いて同目録(二)、(三)の各手形を作成させて、同弁護士事務所に届けさせたこと、その後右(一)ないし(三)の各手形は原告の手許に置かれていることが認められる。

≪証拠判断省略≫

如上の認定によれば、同目録(一)ないし(三)の各手形は博物館によって振出されたものであり、これを原告が所持していることが明らかである。

二  同2の事実は≪証拠省略≫により認めることができる。

三  そこで、被告両名の寄附行為の存否につき審究する。

1  被告矢島について

≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。

小沢忠とその妻小沢佐多は昭和三八年頃、右佐多が小沢人形学院の名称の下に、人形の製作技術を教えていたことから、人形の収集、保存を目的とする財団法人を設立することを計画し、その準備として資金集めに取掛った。しかし有力な賛同者数名を得て準備会が数回開かれた結果、現実の財産出捐は設立許可前は行わず設立許可が下りたら寄附金を集めることにし、その間小沢忠が設立代表者となって、設立許可を受けるため名目上の寄附行為者を依頼し、右財団法人設立の許可申請手続を進めることになった。そこで小沢忠は知人の矢島政雄に対し取敢えず矢島政雄が名目上の寄附行為者になること、及び同人の預金残高証明書を取寄せることを依頼した。当時矢島政雄には格別預金がなかったが、その妻である被告矢島すずが大恵信用金庫に預金していたので、矢島政雄は被告矢島すずに何ら相談することなくその承諾を受けずに同年一月三〇日、便宜上自ら同金庫から、金三六三万八二一一円の同被告の預金残高証明書を取寄せて、これを小沢忠に渡した。小沢は右預金の名義と符合させるように同被告名義で、博物館設立代表者小沢忠宛という形式により、同被告が博物館の設立に際し、右金員を寄附する旨の、同年二月一日付書面を作成した。このほか小沢は設立代表者として博物館の目的や資産等に関する、「財団法人日本人形博物館寄附行為」と題する書面(以上博物館寄附行為という。)及び財産目録を作成し、博物館の資産中運用財産のうち現金に当るものの一部として同被告の預金を掲げた。なお矢島政雄は博物館の設立発起人及び理事となっているが、同被告はこれに入ってはいない。

右のように認められ、矢島政雄が同被告の代理人として寄附行為をしたと認めることは困難であり、他にこれを認めるに足りる資料もなく、かえって本件では、同被告は博物館設立については何ら関与した形跡はなく、小沢忠からも矢島政雄からも格別の説明も受けず、承諾を求められたこともなかったことがうかがわれる。

従って、その余の点について触れるまでもなく、原告の被告矢島に対する請求は理由がない。

2  被告和田について

博物館が昭和三八年九月一四日、文部省の許可により設立された財団法人であることは、原告と被告和田の間で争いがなく、≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。

前記のように小沢らは小沢忠を設立代表者として博物館設立の許可申請手続を急ぐことになったので、当時訴外ニューオリエント・エキスプレス株式会社(以上ニューオリエント・エキスプレスという)の代表取締役をしていた被告和田に対し、預金の残高証明書の取寄等右許可申請手続上の協力を求めた。そこで同被告はニューオリエント・エキスプレスの専務取締役である小笠原正義に対し、右協力要請につき善処するよう指示してこれを一任した。右小笠原は小沢らに同年四月頃同被告(及びニューオリエント・エキスプレス)が書類上寄附行為者となってその旨の書面を作成することを承諾して、同被告の預金額金二九五三万一七二六円(ニューオリエント・エキスプレスの預金額金一八四二万九九一八円)として、いずれも同社取締役社長和田太計司宛の残高証明書を渡したうえ、同被告にその経過を報告した。小沢忠はこれに基づき、前同様同被告名義で、博物館設立代表者小沢忠宛の形をとって、同被告が博物館の設立に際し金二九五三万一七二六円を寄附する旨の同年四月一八日付書面を作成した。更に小沢忠は前記博物館寄附行為を作成するにつき、博物館の資産中基本財産としての基本金に当るものとして同被告の定期預金五〇〇万円、運用財産のうちの現金に当るものとして同被告の当座預金一四六七万六四八〇円、定期預金四〇〇万円、当座預金五八五万五二四六円、但しいずれもニュー・オリエント・エキスプレス株式会社取締役社長としての同被告名義によるものを記載し、且つ理事たる同被告の名を挙げた。

右事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、被告和田は設立代表者小沢忠に対し博物館の設立を目的として前記金員を出捐するとの寄附申込の意思表示をなしてその旨の書面を作成し、小沢忠はこれに基づいて同被告の名で財団設立の意思表示をしたものと認めることが出来る。

四1  進んで抗弁につき見るに、前認定のとおり、博物館の設立代表者である小沢忠としては、博物館設立の許可申請用の書類を整えるため、被告和田らの寄附行為者たる名義及び預金残高証明書を使用する必要があったものであり、≪証拠省略≫によると、小沢らと右被告及びニュー・オリエント・エキスプレスの間では、同被告とニュー・オリエント・エキスプレスが現実に前記各金員を出捐する義務を負担するものではないこととし、単に設立許可の申請手続に協力するにすぎないとの了解があったことが認められる。

2  右のように、設立準備段階から設立代表者が定められ、設立前からその準備行為として寄附申込者が集められる際、寄附申込者が設立代表者との間に便宜意思を相通じて真意を伴わない寄附申込が設立代表者に対してなされた場合に、右寄附申込の意思表示は通謀虚偽表示であると考えることができるが、この場合においても、財団設立行為である寄附行為は右設立準備中の寄附申込とは別個のもので、改めて本人の意思の欠缺があるに拘らず設立代表者を意思伝達機関として寄附申込者の名において寄附行為がなされ、同人がその目的財産の出捐行為をする旨の意思表示がされるものと解される。そして、右寄附行為は相手方を要しない単独行為であって設立代表者との通謀は考慮外におかれるから心裡留保を考えるのが相当である。しかしてその性質からすれば民法第九三条但書によってそれが無効となることはなく、従って、寄附行為者はその意思の欠缺を理由として寄附行為の目的財産についてその出捐の履行を拒むことができないのが原則である。しかしながら、その設立経過等の事情からみてその履行を求めることが著しく不当と認められるときは信義則上からもなお同法第九三条但書(第九四条第一項)を類推適用して無効を認める余地があると解するのが相当である。

本件の場合、≪証拠省略≫によると、博物館の財団設立準備段階における会議において主要な賛同者(大部分が設立後に理事となることを予定され、且つ理事になった者)が将来の設立及び運営の方針を協議した結果、前記のとおり、財団設立の許可を受けるまでは現実の財産寄附又は寄附の募集を行わず、便宜名目上の寄附申込者から寄附申込書、銀行預金残高証明書を提出させることによって形式を整え、設立許可を受けた後関係者から寄附を集める方針を決め、これに従って小沢忠が被告和田、同矢島の夫矢島政雄に協力を依頼し、形式のみの寄附申込者として設立手続を進めたものであって、財団設立後の理事は右の経過によってこれを知悉しており、特に小沢忠は財団の理事長代行事務局長となり、事実上唯一の代表者として財団の管理、運営に当っていたことが認められ、これらの経緯から見て、右財団(これを代表する理事)から被告和田に対し、寄附行為の目的とされた財産出捐の履行を求めることは前記信義則上著しく不相当な場合に当り、被告和田においてその無効を主張して履行を拒むことができると解するのが相当である。なお本件の場合直接履行を求めるのは財団自体ではなく、右財団の債権者である原告であるけれども、右財団に代位して右履行を請求する限りにおいて右財団と同一の立場にあるものと言うべく、これと別異に解すべき理由は見当らない。被告和田が理事に就任したとしてもこの点は同様と解される。(ちなみに、≪証拠省略≫によれば、原告も右財団の財産構成等の内情は可なりの程度に知っていたと推測される。)

原告は商法第一七五条第五項の趣旨から無効の主張は許されないし、禁反言の原則にも反すると主張するが、財団法人設立について直ちに商法第一七五条第五項を適用して画一的に無効の主張が許されないとする根拠は見られず、意思表示に関する民法総則規定が適用されると考えられ、また禁反言の原則のみを以て右の結論を覆えすことができるとは考えられない。

よって被告和田の抗弁は理由がある。

五  以上のとおりであるから、原告の本訴請求はいずれも失当として棄却を免れない。

よって訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺卓哉 裁判官 岡山宏 野崎薫子)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例